大阪高等裁判所 昭和41年(う)246号 判決 1966年9月29日
被告人 金暢淑 外一名
主文
本件各控訴を棄却する。
当審における訴訟費用は、被告人金暢淑と被告会社上六観光トルコ温泉株式会社の連帯負担とする。
理由
本件各控訴の趣意は、弁護人大槻竜馬、同下村末治連名の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。
控訴趣意第一点、事実誤認の主張について
論旨(1) は、原判決は、上六観光トルコ温泉株式会社(以下上六トルコと略称)はトルコ温泉の経営、飲食物の販売等の事業を営むものであると認定しているが、上六トルコは飲食物の販売の事業はしていない。これは福本秀子が上六トルコ内で、上六トルコより場所の提供を受けて、同女が飲食店を経営しているものである。というのである。
なるほど、当審証人福本秀子の当公廷の供述及び公証人鈴木知治郎作成の建物賃貸借契約公正証書正本によると、上六トルコ内にあるサロン「夕顔」は福本秀子が上六トルコからその建物の一部を賃借し、同人が経営しているもので、上六トルコの直営でないことは認められるが、それは昭和四〇年五月一八日にその賃貸借契約が成立してからのことで、それより以前の本件で問題になつている昭和三八年五月中旬頃から昭和三九年一〇月一四日までの期間の飲食物の販売については福本秀子は何等関係のないことで、原審において取調べられた上六観光トルコ温泉株式会社の登記簿謄本によると、その営業目的は、一、トルコ温泉の経営、二、飲料物の販売、三、前各号に附帯する一切の業務とあつて、むしろ、原判示のとおり本件問題当時は被告会社が飲食物の販売を経営していたものと認めるのが相当である。なお仮に原判示の飲食物の販売の認定が誤りであつても、本件は、この飲食物の販売とは直接関係のないトルコ風呂に関する児童福祉法及び労働基準法各違反事犯で、この誤りは原判決に影響を及ぼすことの明らかな事実でない。従つて本論旨は理由がない。
論旨(2) は、トルコ娘として就業していた川西八重子は、昭和三八年五月中旬より上六トルコにおいて就業しているが、被告人金暢淑は昭和三八年五月上旬より上六トルコで兄の社長である金尚淑の仕事を手伝うことになつた経緯から見て時期的に被告人金暢淑は同女を採用して雇入れることは不可能である、と主張する。
しかし、昭和三八年五月上旬から仕事をしている者が、同年同月中旬から就業した者を採用雇入れることが、時期的に不可能とはいえないことで、現に、川西八重子の司法巡査に対する供述調書によると、部長さんと呼んでいる社長の弟の金暢淑から最初出勤した日から点呼をとられ、客に対する注意、サービス精神の話を聞かされたことが認められ、この点に関する原判示に誤りがあるとは認められない。
論旨(3) は、原判示の被告人金暢淑は、上六トルコの業務部長として従業員の採用、監督等右事業の運営に従事していたとの認定は誤りで、業務部長という名は、被告人がゴルフクラブに入会の際、クラブの人よりそのような名を附しておく方が入会しやすいと聞かされて、名刺の肩書とするに至つたもので、上六トルコの社長は兄尚淑であつたことから「部長」と敬称されていたに止まる。トルコ娘の採用、監督は実際はマネージヤー植田勝治又はその後任の橋本孝道があたり、船越要太郎が右植田等を補佐していたものである。
被告人金暢淑は、外来客との面接、資材購入について兄尚淑の手伝いをしていたに過ぎないと主張する。
よつて案ずるに、原判示証拠によれば、上六トルコの社長金尚淑は、上六トルコの他にも、事業を経営し、多忙のため、自己に代りその次第である被告人金暢淑を業務部長として上六トルコの経営一般に当らしめ、同被告人は資材の購入はもとより従業員、トルコ娘の採用、監督等を社長に代りやつていたもので、植田勝治、橋本孝道或いは船越要太郎らは被告人暢淑を補佐し、トルコ娘の採用、監督に関与し、その採用に際しては直接面接するがこれが採用を決定するについては、事前、事後に被告人暢淑の諒解を得ていたこと、被告人暢淑は殆んど毎日、トルコ娘に対し、客への応対、サービス等につき訓示し、注意を与え、監督していたもので、社長の金尚淑は月に一回、訓示する程度で、専ら被告人金暢淑が社長に代る最高責任者として従業員の採用、監督を始め経営一般を遂行していたことが認められ、業務部長が単なる名目で、ゴルフクラブに入会の便宜のためのみとは認められない。なるほど、植田勝治、橋本孝道、船越要太郎は、それぞれ所論のとおりの公安調査局の事務官、南海電鉄の駅長、小学校教師の経歴を有し、トルコ娘の採用に際して相当深く関与し同女らの指導、監督に当つていたことは窺えるが、最終的には被告人暢淑と相談し、その指示を受けていたもので最終決定権は矢張り被告人暢淑にあつたことが明白である。従つて、この点に関する事実の誤認はなく論旨は理由がない。
論旨(4) は、原判決は、トルコ娘には個室内で、ブラジヤーとシヨートパンツのみを着用させて、入浴客の裸体を洗い、マツサージする等の行為をさせた。これが児童の心身に有害な影響を与える行為だと認定しているが、客を出迎え等する接客の場合は長袖エンヂ色の半ガウンを着用しているし、そもそも児童の心身に有害な影響を与えるものかどうかは社会の通念と新しい時代感覚によつて考察されるべきである、というのである。
よつて案ずるに、児童の心身に有害な影響を与える行為かどうかは、各時代に即応した社会通念に照らし、考察すべきものとは解するが、原判示証拠によれば原判示のとおりであつて、満一八才に達しない少女に、客の指名又は輪番によつて入浴客に一対一で個々につかせ、外部から見えない個室内で、ブラジヤーとシヨートパンツのみを着用させて、全裸の男の入浴客の身体を洗い、裸の背にタオルを着せうつ伏せに臥した身体に跨がる等して身体中をマツサージする等の行為をさせていたことは明らかで、右は、健全な社会通念に照すとき、未だ心神の発育不完全の児童の精神面、情操面、身体に悪影響を及ぼし児童の心身に有害な影響を与える行為といわざるを得ない。所論のように、客の出迎えにガウンを蔽うてすることが右有害性を緩和するものとはいえない。本論旨も理由がないい。
次の被告会社代表者金尚淑に関係の論旨は、会社代表者の両罰規定についての違反防止の注意義務と監督を怠つたという点については、前記植田、船越、橋本等相当な教育を受け、職歴を持つた人をそれに当て、数十名のトルコ娘をしかも、やめたり来たりする率の多いこの仕事において、金尚淑の同女等の就業及び監督について執つている措置を観るとき、違反防止のため相当の注意を欠いているとか、監督が不充分であつたとはいえない、というのである。
よつて案ずるに、法人に関する両罰規定の責任を免れるためには、労働基準法違反行為につき、法人(会社)代表者が違反の防止に必要な措置をした場合(同法第一二一条第一項)、児童福祉法違反行為につき、当該違反行為を防止するため、当該義務に対し、相当の注意及び監督が尽された場合に限る(児童福祉法第六〇条第四項)旨各規定されている。ところで、本件違反行為は、労働基準法違反では、同法第六二条第一項、第一一九条第一項に、児童福祉法違反では、同法第三四条第一項第九号、第六〇条第二項に当るが、いずれも満一八歳に達しない女子を所定の違反業務に就かせたり、所定の目的をもつて、これを自己の支配下に置いたものであるが、原判示証拠によれば上六トルコの業務内容がトルコ風呂の経営で、これに対しトルコ娘を就業させ、その就業場所、時間、就業内容が原判示のとおりであることは、代表者金尚淑はもちろん従業員はこれを知悉していたことは明らかであり、そして前叙のとおり代表者金尚淑は多忙のため、同会社の業務一般は被告人金暢淑に委せ、ただ月に一回位、従業員に就業態度につき訓示する程度で、専ら被告人金暢淑をトルコ娘の採用、監督に当らせ、又前記のとおりの経歴、経験を有する植田勝治、橋本孝道、船越要太郎をして右金暢淑を補佐せしめていたが、同人等はトルコ娘を採用するについては、履歴書をとるが、戸籍謄本ないし抄本をとるわけでもなく、その年令の確認は極めて杜撰で、本人の自称を鵜呑みにするに過ぎず、そして違反行為につかせていたもので、単に相当の経歴、社会経験を有する者を採用、監督の業務に就かせていただけでは、違反防止につき注意、監督義務を尽していたとはいえず、その他前記免責要件を充足したものと望むべき証左はない。被告会社は違反行為に対する処罰を免れることはできない。本論旨も理由がない。
なお論旨は、原審における弁論要旨を添附しその第三、四、五項を引用し、これを主張するので判断する。
弁論要旨第三項について
論旨は、本件については労働基準法の適用がない。そもそも労働基準法第九条には「この法律で労働者とは、職業の種類を問わず、前条の事業又は事業所(以下事業という)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と規定しており、これを分析すると、第一に使用されるものであること、即ち使用従属関係にあること第二に賃金を支払われるものであることの二条件が備わらなければならない、ところが、トルコ娘は使用されるものでなくて、トルコ温泉の施設を使用させて貰い、これに対して一日百円の使用料を支払つている。この使用料は一ケ月分では三千円になり、低廉でない。会社側として、この使用に関連し、使用秩序を保つため規則を設けているが、これは施設の管理者として当然のことで、会社がトルコ娘を使用する事由とはならない。又トルコ娘から履歴書、入店申込書の提出、公休の割当、過怠金の徴収、点呼、訓辞等が行なわれていたとしても、経営者として施設を十分に利用して、客に満足を与えるに必要な統制上の措置に過ぎない。
次にトルコ娘に対しては賃金は支払われていない。労働基準法第一一条によると「この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と規定している。被告会社はトルコ娘に対してはサービス料を客から受取らせるようにしているけれども、これは決して使用者が客から一旦受取つてトルコ娘に渡すべきものでない。
更に、本件の適用事業は労働基準法第八条第一四号に該当するのではなくて、同条第一三号に該当するものである。トルコ温泉は、公衆浴場法に基く浴場であつて、旅館、料理店などの接客業に類するものではなくて、保健衛生を目的とする企業であることは明白である、というのである。
よつて案ずるに、労働基準法の適用される労働者は、同法第九条によると、この法律で労働者とは、職業の種類を問わず、前条の事業又は事業所(以下事業という)に使用される者で、賃金の支払われる者をいうとあるので、使用される者であることと賃金を支払われる者であることが要件である。
そこで先ず、本件につき使用従属関係につき検討するのに、原判示証拠によれば、被告会社がトルコ娘を決定するについては、同娘に面接し、履歴書を提出させ、植田勝治に代り橋本孝道が会社業務に従事するようになつた昭和三九年八月以降には入店申込書を提出させた上、採用を決定し、採用決定の場合には同娘の店名を指定し、就業前に会社の者がトルコ娘等に客に対する扱い、マツサージ等の技術の講習を実施し、就業については各娘に公休日の割当をし、更に毎日の出勤時間を午後一時、三時、五時、と区分し、三交代制にし娘等に順次交代に出勤時間を指定し、欠勤書留簿を設けて出欠を統制し、正当の理由なき欠勤、遅刻に対しては各一回につき前者には二〇〇円後者には一〇〇円の過怠金を徴収することとし、出勤者に対しては点呼、部長等から客に対する扱い態度についての訓示をなし、出勤時間中は自由な外出を認めず、会社々則を定め(原審において取調べられた昭和三九年一〇月二一日付司法警察員西村繁治作成の捜索差押許可状の執行と現場の写真撮影についての復命書に添附の写真9参照)右社則に違反した時は、出勤停止処分を申し渡す旨規定し、なお勤務につき住込を希望するものには、会社所有経営の大和寮に居住させ、月一五〇〇円程度の部屋代を取るのみで、その厚生を計り、又従業中、身につけるブラジヤー、シヨートパンツの貸与などもしていること又会社は入浴客に対しては入浴料を取るがこの他にトルコ娘にも三〇〇円(後には四〇〇円)のサービス料を支払うべき旨掲示していることが認められる。これらの事情を勘案すると、会社のトルコ娘に対する関係は、指導、監督につきかなり強力な措置を包含し、その指導監督の下に会社の命ずる労務に服する義務を科する意図を持つており、同娘等もまたこれを当然のこととして受入れていると認められ、被告会社と本件トルコ娘との間には使用従属の関係にあるものと認めるのが相当である。なるほど、原判示証拠によれば、トルコ娘は、出勤の都度、一回一〇〇円を会社に施設使用料の名目で出しているが、トルコ娘のチツプ収入が月平均四、五万円にもなることが窺え、これら金額を対比するときは施設使用料というのは単なる名目的なもので、むしろ施設を使用している態を装うにすぎないものと解せられる、なお、トルコ娘に施設を使用せしめるに過ぎない場合でも、統制的措置をとることは施設利用に関する秩序維持に当然必要であるとの考も成立ち得るが、前記認定の事情では、施設利用に関する秩序維持以上の使用服従関係を認めざるを得ない。
次に、賃金支払の関係につき案ずるに、労働基準法第一一条によると、この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいうとある。従つて客から直接に労働者に支払われるチツプは、原則としては賃金ではない。しかし、労働の報酬として使用者から労働者に支払われるものであれば、その名称の如何に拘らずすべて賃金であるので、労働の報酬として使用者の施設を使用する利益を労働者に与えられておればこの利益は賃金と解すべきである。ところで原判示証拠によれば本件上六トルコでは、入俗客より入浴料として一〇〇〇円ないし一四〇〇円を徴収するが、トルコ娘に対しては給料の支払はせず、トルコ娘はその収入としては入浴客に対し、洗身、洗髪、マツサージ等を実施し、これに対するサービス料(チツプ)として、各入浴客から直接に、会社の何等の関与もなく(会社はサービス料三〇〇円(後日四〇〇円となる)を支給されたいと掲示している程度のみ)三〇〇円(後日四〇〇円となる)以上の金員を受領していたものであることトルコ娘は会社に対し出勤毎に一日一〇〇円を施設使用料として支払つていることが認められ、一応賃金を支給しない形態を採つているかのようであるが、右施設使用料は前叙のとおり、単なる名目的なものに過ぎず、元来、トルコ娘の得るサービス料はトルコ娘が上六トルコ経営にかかる営業設備を使用して入浴客の洗身、マツサージ等をする労働の対償として右客より支払われるものであり、また入浴客はこのようなトルコ娘のサービスが期待できるので高額な入浴料金を支払うものであるから、上六トルコはトルコ娘の労働によるこのような利益をうる対償として同娘等が右サービス料を得るため、会社の営業設備を使用する利益を同娘等に与えているものと認めるのが相当である。してみると、この営業設備を使用する利益が労働の報酬として支払われ、トルコ娘に対し賃金の支払がなされているというべきである。
更に、本件上六トルコの事業が、労働基準法第八条の第一三号(保健衛生の事業)か第一四号(接客業等)のいずれに該当するかを検討するのに、原審証人斉藤保吉の証言を始め原判示証拠によれば、上六トルコは公衆浴場法に基き許可されたものであるが、この許可の形式からだけで事業の種類が確定されるものではなく、労働省労働基準局長から大阪労働基準局宛の昭和四〇年一月二三日付三九基収第八九三三号の二に「いわゆるトルコ風呂に対する法第八条各号の適用に当つては、一般の事業場の場合と同様に当該事業場の労働の具体的態様等に即して個別的に判断すべきものである」とあるように、現実の態様に即して個別的に労働基準法第八条各号の適用を判断すべきものと解する。ところで、原判示証拠によれば、上六トルコでは、ソーシヤルトルコ部屋三四室、グランドトルコ部屋二一室及びデラツクストルコ部屋一三室計六八室の個室を有し、これらの個室は外部から内部の見えない作りとなつており、一般共同浴場は有せず時期において相違はあるがトルコ娘を数十名持ち、このトルコ娘が入浴客と一対一で個室内で、ブラジヤーとシヨートパンツのみで、応対し、その洗身、洗髪、爪切り、ひげそり、マツサージ等の作業に就いていることが認められ、この現実の態様にかんがみると、上六トルコの事業は労働基準法第八条第一四号の接客業に該当するものというべく、よつて同法第六二条第一項、第四項に基く一八才未満の女子に対する深夜業禁止規定の適用を免れない。
以上の次第で本論旨は理由がない。所論のトルコ娘に労働基準法の適用があるならば、これらに対し労災保険の加入、解雇予告手当の問題を如何に考えるかは本論旨では特に論及の要はない。
弁論要旨第四項について
論旨は、児童福祉法第三四条第一項第九号の違反罪の成立するには、一、児童の心身に有害な影響を与えること、二、児童を支配下におくことが要件である。
然るに、トルコ娘についてはこれに該当しないと主張するのである。
よつて案ずるに、本件トルコ娘については一の児童の心身に有害な影響を与えるものであることについては、既に前記論旨(4) において説示したとおりである。
次に、二の児童を支配下においたかの点につき検討するのに前記弁論要旨第三項においての本件に関する使用従属関係についての項で説示したとおり、上六トルコとトルコ娘との間には前者の指導、監督の下に使用従属の関係にあることが明らかで従つて上六トルコにトルコ娘である児童を自己の支配下に置く行為があつたと認めざるを得ない。
よつて本件において児童福祉法第三四条第九号の違反の成立を肯定せざるを得ない。
弁論要旨第五項について
論旨は、先ず本件が仮に労働基準法違反になり、且つ児童福祉法違反になるとしても、本件の行為者は金暢淑ではなくて植田勝治及び船越要太郎である。なお、年令確認について六〇数名のトルコ娘に対し本件三、四名につき手落ちがあつたとしても期待可能性がないというのである。
しかし、この点については前記論旨(3) において説示したとおりであつて被告人金暢淑は業務部長として、社長金尚淑に代り最終責任者として、本件児童の採用につき指示諒解を与え、その業務につき指導、監督をしていたものである。なるほど、植田勝治や船越要太郎も被告人金暢淑を補佐し、これらにつき関与していたことは窺えるが、本件所為を前記のとおり被告人暢淑の所為とみるのが相当である。なお所論は多数の者の採用のうち、三、四名の年令確認に手落ちがあつても、已むを得ないとし、期待可能性なしとするが、年令確認の不可能ないわれはなく、所論は首肯できない。
論旨の第二は、被告会社の代表者金尚淑は、本件違反行為については、その必要な措置を講じていたものであると主張する。
しかし、この点についても、前記被告会社代表者金尚淑関係の論旨について説示したとおりで、同人が本件違反行為について、その防止に必要な措置を尽していたとは認められない。
控訴趣意第二点、法令の適用の誤りの主張について
論旨は、上六トルコの本件業態は労働基準法第八条第一三号に該当する保健衛生を目的とする事業である。従つて原判決が労働基準法第六二条第一項、児童福祉法第三四条第一項第九号を適用するのは法令違反であるというのである。
しかし、既に前記控訴趣意第一点においてこの点につき上六トルコの事業が労働基準法第八条第一四号の事業に該当し、被告人金暢淑の所為が児童福祉法第三四条第一項第九号違反に該ると説示したとおりであつて、従つて原判決にこれらにつき法令の適用の誤りがあるとは認められない。
論旨は更に、監督機関によるトルコ温泉事業の指導監督に基き、誤りなく運営し来つた上六トルコの温泉事業の遂行には何等の責むべきものがないので、被告会社代表者金尚淑は刑事上の責任を負うべきでないという。
しかし、上六トルコの現実の業態運営が監督機関の指導監督のもとに行われたとは、これを認める証拠はなく、ただかかる実態に対し、これを十分に調査して、積極的に不当をたださなかつたというにすぎないものと解する。これが被告会社の代表者の違反防止に必要な注意の懈怠を阻却するものでない。ちなみ、本件では被告会社に対し両罰規定に基き責任を科しているもので被告会社代表者金尚淑自身の刑事上の責任を負担させているものではない。
次に論旨は、原審弁論要旨第二項を引用し、本件労働基準法違反については、訴因の特定性を欠くもので、原判決の包括一罪論では承服し難く、これは、深夜労働については、労働者ごとに一日ごとに一罪を構成するものであるとする最高裁判所判例(刑集一三巻七号一〇二六頁)にも反するというのである。
よつて案ずるに、なるほど、所論指摘の最高裁判所決定(昭和三四年七月二日第一小法廷決定)は「使用者が労働基準法第六二条に違反して、多数日にわたり多数の年少または女子労働者を深夜業に使用した場合には、特段の事情ある場合を除き、その使用日毎に各就業者各個人別に独立して同条違反の罪が成立するものと解すべく、これらを包括して一罪が成立するものとなすべきでない」と判示している。従つて特段の事情のない限り原則として右のとおり解するのが相当であろうが、一就業者をある期間多数日に亘り予め定めて継続して同一場所で同種の事業に深夜業に就かしめた場合にこれを包括して一罪とみても必ずしも不当のものとはいえず、従つて右判例に反するものとも解されない。仮えば業務上横領罪において、各横領の都度一罪が成立するとして数回の横領につき併合罪の適用を見る場合もあれば、この数回の横領を単一の意思の下に、継続した包括一罪とみることも認められるところである。してみると、本件公訴の訴因が、各女子就業者につきある期間を包括して一罪として訴因を掲示していても、これを以て訴因の特定性を欠くものとは云い難い。本論旨も理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条、第一八一条第一項本文、第一八二条により、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中勇雄 三木良雄 木本繁)